小林ファンキ風格が語る、SNSが繋げたギタリスト活動とカワイイ音楽の裏側
YouTubeのショート動画やTikTokといったSNSの普及に相まって、アイドルやボカロ、vtuberといった日本のサブカルチャー文脈から発信されて注目を集める音楽コンテンツは近年ますます活況を呈している。こうしたコンテンツは歌い手にこそ話題が集まりがちだが、今その制作の現場で引っ張りだことなっているギタリストがいる。――小林ファンキ風格だ。
ギターロックバンドParis on the City!に籍を置きながら、バンドでの活動に留まらず現在はFRUITS ZIPPER(NEW KAWAII)やCUITE STREET(ちきゅーめいくあっぷ計画)といった人気のアイドル楽曲への参加、鞘師里保、森崎ウィンや長瀬有花といった歌い手たちのライブでサポートギターを務めるなど、幅広い活躍を見せている。
彼がこぼれるような笑顔で楽しそうにギターを弾く姿は、聴く者の耳だけでなく、目と心までも惹きつけ、たびたびSNS上でも話題を呼んできた。音楽を心から楽しむ様子と直結するような、気分の上がるカッティング奏法が小林の持ち味である。
もともと音楽制作の現場を志向していたわけではなかったという小林。彼がなぜいま、最前線の現場でその手腕を求められているのか?ここではギターとの出会いから音楽遍歴、彼が参照してきた先達のスタジオミュージシャンたち、そして「カワイイ×カッティング」というプロジェクトに込めた想いまで、じっくりと語ってもらった。
少年の見栄っ張りから始まったギタリスト人生
–そもそもにはなりますが、ギターをはじめたのはいつからだったのでしょうか?
小林ファンキ風格(以下、小林):中学2年生のときです。中学校の音楽室の部屋の前にガットギターとアコースティックギターが置いてあったんですが、クラスの人に「ギター弾けるの?」と聞かれて、本当は弾けないのに見栄を張って「弾けるよ」って言っちゃったんです(笑)やばいってなりながら、一方でギターを弾けるようになりたいなと本当に思っていた時期でもあったので、お小遣いで小さなアコースティックギターを買ったのが始まりです。
–どんな曲を弾いていましたか?
小林:今に続くまでスピッツが本当に好きで、ギターでもスピッツをずっと練習していましたね。あとは、楽器が弾ける友達で集まって、X JAPANの「紅」を誰が一番速く弾けるかとかやるんですけど(笑)、どう頑張っても早弾きが弾けないというか苦手意識があったんです。そんなとき、JUDY AND MARYのスコアが置いてあって。「ジュディマリも難しいらしいから、俺はジュディマリうまくなるわ!」ってカッティングをやり始めた感じでした。ちょうど同時期に「けいおん!!」も流行っていて、OP曲の〈GO! GO! MANIAC〉の3連符のカッティングをしたりとかして。速弾きはできなくてもカッティングならできるかもしれない、となっていた中3~高1ぐらいでした。
–高校の部活は軽音部に入ったんですか?
小林:僕、小学校からサッカーをずっとやってて、高校でもサッカー部だったんです。ただ文化祭の出し物でバンドができるということになり、サッカー部のメンバーに無理やり楽器をやらせました(笑)僕は当時GLAYのHISASHIが大好きでGLAYがやりたかったんですけど、サッカー部のメンバーがパンクとメロコアしか聴かなかったんですよ。結果、ブリッジミュートがめっちゃ上手くなりましたね(笑)AIR JAMが復活したくらいの時期だったこともありKen Yokoyamaのコピバンとかやってたんですけど、もうちょっとロック/オルタナティブ寄りでやりたくて。なんとかELLEGARDENや、ASIAN KUNG-FU GENERATION、BUMP OF CHICKENに引っ張るみたいな感じでした。
-小林さんはDa-iCEの和田颯さんと同じ高校のご友人とのことですが、和田さんともバンドをされていたんですか?
小林:和田くんはまた別の音楽友達でした。彼がマイケル・ジャクソンとか教えてくれて、「洋楽もかっこいいかも」ってなってましたね。逆に僕はELLEGARDENみたいなメロコアとかパンクを聴かせたりして。授業が終わった休み時間に、当時彼が使ってたiPod Classicでイヤホンを分岐させて、よく一緒に曲を聴いたりしていました。
–卒業後は進学して大学に入られると。そこではどんな風に過ごされていたんですか?
小林:当時のギターをいっぱい弾きたい僕としては、ジュディマリもやってみたかったし、相対性理論とかも大好きだったので、空間系のディレイとか使ってソロも弾いてみたかったんです。だからパンク/メロコアから離れたかったんですよ。そんな中で入った音楽系のサークルでやってたのがファンクだったんです。全然ギター歪んでないんですけど、めっちゃ渋くてかっこよくて。ファンクやソウル、アシットジャズ周りを中心に、国外だとEarth wind & fire、Incognito、Tower of Powerなんかをやってました。日本の音楽だと渋谷系とか、久保田利伸、佐藤竹善、MISIA、あとはちょっとフュージョンなどもやったりしていましたね。
–サークルでの活動が今のプレイスタイルを培う期間になったということでしょうか?
小林:このサークルに所属している間にものすごい数の曲をコピーして弾いたのが、基礎を培う上で大きかったかもしれないです。ただ、今も思うんですけど、ファンクを演奏しているとき、ギターでチャカチャカ刻んでるだけで、本当にいいのかな?みたいな気持ちになってきて。やっぱりいっぱい弾きたいという演奏中に出るエゴがあって。〈UPTOWN FUNK〉なんか顕著ですけど、ファンクのギターってハイポジションのカッティングをループしていくような感じで、ストイックでかっこいいんですけどもうちょっと弾きたくなっちゃうんですよね(笑)。
かわいい「だけ」じゃない音楽への傾倒
小林:そんな中で一番好きになるアーティストにこのサークルで出会うんですけど、ROUND TABLE featuring Ninoの〈Message〉という曲に出会って。これ、衝撃が走ったんですよ。本当に大好きで、しばらくこの曲しか聴けない身体になって。出会った大学生のころから、ずっとこれになりたくて音楽をやってます。僕が初めてこの世に放ったギターの演奏動画がこの曲なんです。自分の始まりの動画ですね。
ROUND TABLE featuring Ninoの作家である北川勝利さんは今、坂本真綾さんや花澤香菜さんといった女性声優さんの楽曲制作にも関わっている人で、洋楽味があるけど可愛い感じのポップスを作る職人みたいな人なんですよ。ここから、「可愛らしい感じの声で楽曲がキャッチー、そしてよく聴いてみると演奏がめちゃくちゃ上手い」というフォーマットの文脈で音楽を聴くようになるんです。「可愛いだけで消費されるもの」ではない、綿密なロジックで組み立てられていたり、衝動的に魂が乗ってるような「音楽」もしっかりあるよ、みたいなそういう楽曲が好きですね。「可愛らしい声に技巧的な演奏」という魅力に惹かれた流れで、次に好きになったのがハロー!プロジェクトの音楽でした。
–では、アイドルも楽曲から好きになっていった感じなんですね。
小林:完全にそうです。だから「モーニング娘。で誰が推しなの?」って聞かれると、最初に出てくるのが大久保薫[1]さんやら鈴木俊介[2]さんになっちゃうんですよね。鈴木俊介さんのシンプルなカッティングもするし、メロとユニゾンもする機能的なギターなんかすごくかっこいいと思ってます。