Joy In Fear (2023)/goat

「限界」をめぐる非楽譜的思考―― goat《Joy In fear》について

 ひとつのエピソードから始めよう。
 2022年12月26日、私は大阪府枚方市の関西医大小ホールで開催されたgoatの単独公演を観に行った。ライブは全体で70分ほどだったと思う。その70分間MCなしのぶっ通しで、旧譜と未発売の新譜の楽曲の演奏がなされたのち、メンバーがステージから掃け、最後にフロントマンの日野浩志郎がステージ脇から現れ、「これがいま僕たちにできる限界です」と言って、ライブは終了した。

参考:2023/11/2にフランスのコルマーで行われたライブ映像

 「これがいま僕たちにできる限界です」。ライブ後に日野自身が漏らしたこの言葉ほど、goatの営為を十全に表現しえているものはない。なるほどたしかに、それはひとつの「限界」である。異様に細かい拍節、一聴しただけでは把握しきれないリズム構造、ノイズの発生にのみ徹するギターとサックス……枚方で私が観たgoatのメンバーは、みな沈痛な面持ちで、各々が右足で一定のリズムを刻みつつ、本来楽器に与えられた用途を逸脱するような演奏(あるいは、非演奏)をしていた。一度でも奏者の誰かが失敗すれば、その時点でライブ自体が破綻してしまうほどの緊張を孕んだ楽曲群を、可能な限り、みずからの身体に基づいて再現しなおす。それがgoatの「限界」といえる。

 本作《Joy In Fear》は、前作《Rhythm & Sound》(2015, HEADZ)から8年の時を経て、日野自身のレーベル〈NAKID〉からリリースされたgoatの3枚目のアルバムである。複雑な拍やリズム構造など、goatを特徴づける楽曲構成は依然健在だが、本作ではそれだけにとどまらない、新しい楽器・メソッドを組み込んだ楽曲構成が試みられている。

 例えば、3曲目〈Cold Heat〉では、本作から新しくgoatに加入した鼓童の元メンバーである篠笛・打楽器奏者の立石雷の演奏が、強く存在感を発している。各フレーズに切れ目を与えるパーカッションの上に、リズム構造を表立って示さないアイリッシュ・フルートの調べが乗っかることで、goat的なサウンドの特徴の1つであるポリリズムとは異なる音響が聴取できる。


また、7曲目〈GMF〉では、パーカッション同士の拍節をずらすことで、あるリズムと別のリズムの「あいだ」を聴き取ることができる。これは、スイスの振付師Cindy Van Ackerのダンス作品「Without References」のためにgoatが制作したスコアである《Without References》(2025, Latency)所収の楽曲〈Orin〉でも用いられたコンセプトであり、近年のgoatの楽曲構成における新たな特徴を構成している。いわば全楽器の単一のリズムへの同期によって「限界」を志向していたgoatが、そうした同期に依らない楽曲構成をも志向し始めたのが、本作《Joy In Fear》なのだといえよう(このほか、本作の楽曲構成については、LIVERARYが日野におこなったインタビューに詳しい)[1]。

〈Orin〉は1:05~

 上記のように本作は楽曲構成において様々な語り口を持つが、中でも筆者が注目したいのは、非楽譜的思考とでも呼ぶべきgoatの楽曲構成の特徴についてである。例えば、2曲目〈III I IIII III〉。この曲のタイトルは、冒頭3秒間の拍を「1-1-3-1-4-3-3」と取ることから来ているが、このフレーズのどこに休符を置き、どこで区切るべきか、容易には明らかとならない。これに対し、例えばスティーヴ・ライヒの〈Clapping Music〉(1972)では、全体の12拍のうち、4、7、9、12拍目を休符とすることで、「3-2-1-2」というリズムが得られる。

 

 

両者を聴き比べれば、〈Clapping Music〉に対し、〈III I IIII III〉が、一定の長さをもつ休符から一つのフレーズが構成されていないことがわかるだろう。こうした記譜に伴う困難(あるいは、容易な記譜に抗すること)が、goatの楽曲構成全体を特徴づけていると言ってもよい。ある意味ではそれが、goatの楽曲構成に内在するロジックなのだ。

 そしてgoatにおいては、こうした非楽譜的思考は、身体の強調とも不可分なものとなっている。楽曲構成が非楽譜的になされることで、過剰な(非)同期を身体に課すのか、あるいは、身体による過剰な(非)同期を追求した結果として、そのような楽曲構成がなされるのか。ここには、録音されたものと身体によるその再現をめぐる入り組んだ論理が介在しているだろう。

 goatの《Joy In Fear》は、バンド音楽であれば確実に直面せざるをえない、そうした楽曲構成と身体をめぐる「限界」を垣間見させてくれる。


[1]【SPECIAL INTERVIEW:日野浩志郎(goat)】探究と実験を繰り返し到達した、goatという発明。“恐怖の中の喜び”と名付けられた、待望の新作『Joy in Fear』徹底解剖。