kiss the gamblerが語る音楽との出会い、『黙想』に込めた思い、そして芸術家としての矜持(後編)

ヴァンパイア・ウィークエンド、柴田聡子、そして唱歌からの影響

―サウンド面で言うと、kiss the gamblerの楽曲は一語一音節ごとに音ハメがされているものが多く、メロディと歌詞の距離が近いという印象を持ちます。

kiss the gambler:イントネーションに併せてメロディが成り立っている曲ばかりというわけではないんですけど、並走するようにしないと歌いにくいんですよね。中1の授業で習った音楽の先生が言うには、唱歌とかにそういう作りの歌が多いらしく、今でもそれに従ってるんです。
あとは、ヴァンパイア・ウィークエンド(Vampire Weekend)は言葉の発音とメロディの当て方が上手いと思っていて、今作のリズム感などはここから影響受けてますね。
歌詞については柴田聡子さんの楽曲を参考にしている部分があります。彼女の歌詞って、聞き手も人それぞれの解釈をしていることが多く、読んでも全然わからないんですよ。なのに、「えっ?」ってちょっとわかっちゃうところがあって。私の楽曲もわかりやすいようでオブラートに隠していることがあります。でも一行だけわかりやすいフレーズを入れる、みたいなやり方は彼女に倣ってですね。

 

―「サマーサンライズ」などは今おっしゃった、歌詞の濃淡を感じる楽曲だと思いました。個人的には≪青春も最後の25の夏が去ってゆく≫という一文にどきりとさせられました。

kiss the gambler:この曲を作っていた24~5歳くらいの頃、音楽活動ができるようになってきて「今やっと青春が来た!」って思ってたんです。でも、国語辞典で「青春」の意味を引いたら「15~25歳までを指す」って書いてあったんですよ(笑)「もう終わるじゃん!!」って。この曲については、ライブ会場で自分より若いお客さんさんとかからも「青春って25歳で終わっちゃうんですか…?」って悲しそうな顔で聞かれちゃうんですけど、実際は終わらないです!(笑)

 

自立して、持続的に音楽を続けるためのあり方

―『黙想』は色々なフォーマットでリリースされてますよね。中でもカセットは自作して販売されているとのことですが。

kiss the gambler:最初はWaltzという目黒にあるカセット屋が気になってていて遊びに行ったのがきっかけなんです。適当に紹介文を読んで選んだカセットテープがケイティ・カービー(Katy Kirby)だったんですけど、すごくよくて。カセットを手に取ってアーティストに出会うという体験がすごく良かったんです。さらに、改めて物として見てもかわいいなって気づいて。最初は市販店で買ってみたりしてたんですけど、最終的にはイギリスからテープを輸入しました。『黙想』の曲のデモ音源を録音して、ライブで売ってみたらありがたいことに評判がよかったんです。新曲を配信でだすと、せっかくのジャケットの手触り感なんかも伝わらないじゃないですか。あとはデモテープとして完成していない過程を売るっていうのも次の録音をする資金になったりするので、思いを伝えながら活動を続けるというのによいメディアだなと思っています。

―ご自身の活動を成り立たせる、という側面からも大事なリリース形態なんですね。

kiss the gambler:お母さんが決め台詞みたいに、「金の切れ目は縁の切れ目」と常々言っていて(笑)。彼女は厳しかったけど、バリバリ働いていてすごい人だったので、私もなんとか自立はしていないとな、と思うようになりました。
なので、音楽をやるにしても、人に金銭的に迷惑をかけるようになったら縁が切れてしまうなと思っていて、協力してくれるミュージシャンなどにも収益がプラスになるように活動しています。かといって自分の生活を犠牲にしていたら意味がないので、それも損なわないようにしつつ。この人の作る曲が好きだからやりたい、とか、持続的に続けていくためにはどうすべきか、みたいなところを私は大切にしたいと思っています。

―最後に、5月に新曲「台風のあとで」が配信でリリースされましたね。更に7月には「ベルリンの森」を自主レーベルからリリースされるとのことですが、これらの曲について聞かせてください。

kiss the gambler:先ほど、歌詞をオブラートに包んでいるという話をしましたが、ベルリンの森はベルリンに旅行で行った記憶と、ヴィクトール・フランクルの「夜と霧」という本を読んだ心境と、学生時代の暗かった頃の自分をまとめました。
ベルリン旅行中に、戦時中に屋根がもげてしまった古い建物が街中に平然と聳え立っているのを見て、なぜか急に家庭内暴力などで虐待されてしまう子供たちのことを連想してしまって、すごく苦しくなった気持ちが曲に乗っています。あとは、恋人がいてもいなくても、完全な心の拠り所は別の場所に置いておかないと、自分の場合はうまく生きていけないこととかも書きました。3番目の歌詞は、強制収容所でなんとか生き抜くフランクルの話です。
ちなみに私の心の拠り所は、田舎のおじいちゃんちの家のそばにある田んぼ道です。


黙想
『黙想』/kiss the gambler
発売中:https://kissthegmblr.thebase.in/
読者に薦めたい日本のアーティスト:maher shalal hash baz/岡林風穂

 

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