南下する青年/BBHF (2020)

何が良い、というのを言語化するのが難しいのですが、間違いなく2020年で一番日本の作品で聴いたアルバムになりました。Galileo Galilei解散後の活動においての最高傑作を作られたなと思います。

北から南へ、とある青年が旅をする中で成長していくことを表現した二枚組の小説のような作品である、という説明を目にしました。確かに曲のボリュームといい、ジャケットに使用された因藤壽の作品『麦ふみ』が持つ力強さといい、コンセプトは壮大だと思います。

だけど、曲を聴くと、どれも日常的なトピックを取り上げたものが多く、そのコンセプトに反して地に足がついた生活感があるんですよね。その手触り感がよかったのかな。サウンド的にはダイナミックさと儚げで澄んだ音が同居している曲が多く、ここにもミスマッチなバランス感が表れており、これが本作の良さであるように思います(例えば「Siva」や「とけない魔法」など)。

そして本作の一番の聴き所は、「僕らの生活」から「君はさせてくれる」までの流れだと思います。
歌詞から青年の旅路を少し想像してみましょう。
彼は旅路の途中、ある女性と出会ったと思われ、「僕らの生活」ではある街の一角で腰を落ち着けた暮らしを始めたようです。一方でこの暮らしに幸せを自覚しながらもここにいていいのか、といった焦燥が歌詞と性急なギターからは感じられます。

そして「君はさせてくれる」の、一晩を共にした後に訪れた朝のような、穏やかで満たされた空気感。女性の綺麗なユニゾンが、寄り添う二人を思わせます。けれど、”そんな気に君はさせてくれる”という言い方にはやはり「本当はここに居続けてはダメだということをわかっている」という旅人の気持ちが含まれているようです。

フロントマンの尾崎雄貴は本作の一番のテーマは「継続」であるといい、インタビューで下記のように語っています。

今までいろんな失敗もしてきたけど、自分の人生観としては、過ぎ去ったことはもうおしまいで、失敗や辛い思いも含めて今があると思っていて。だから、「生きることは辛い」と言いながら、僕は今幸福な気持ちで生きていて、人間ってそういう不思議なところがあると思うんですよね。幸せだけど、幸せじゃない、みたいな。
(CINRA.NET 尾崎雄貴ソロインタビュー

上記2曲も本作における一部でしかないことは承知ですが、彼の発言同様に、滞留する幸せと旅という目的への葛藤のようなものが、「幸せだけど、幸せじゃない」という形で描かれているように思いました。

もし私たちの人生がバッドエンドに向かっていて、生きるのをやめるという選択肢でしかそれを止められないとしても、当然、そこへは短絡的に帰着するべきではありません。
そんな現実との向き合い方が、この作品では「旅」と「日常」のコントラストをもって表現されているのです。